中国で好まれる「四君子」――梅蘭竹菊


大家好、慧です。

さて、3月にはいり、周りでは梅が咲いています。

中国では、「梅」「蘭」「竹」「菊」の 4 種の草木は「四君子」と呼ばれ、古来より人々に愛されています。「梅蘭竹菊」は気品の高い美しさを備え、それぞれ「君子」に似た特徴を持っていることから、草木の中の「四君子」に例えられました。今回は、 4 種の草木がなぜ「君子」に例えられ、中国の人々に好まれているかについて紹介したいと思います。

梅―― 高潔

梅は古くから中国の人に愛され、詩にも詠まれ、絶大な人気を集めてきた花です。

梅は冬の寒さを畏れず、風雪の中でも凛々しく開花します。その花は清らかで美しく、香りもすがすがしく上品です。また、冬の終わりから早春にかけ、百花に先立って咲くことから、他の花と春をめぐって争わない、孤高で人に迎合しない品格を持っていると言われています。強靭な精神、純潔な姿、孤高・高潔な性格 … こういった品格を備えた梅は、自然に「君子」に例えられ、人々にこよなく愛されています。

古来、立派な才能を持ちながら、小人物に排斥される文人たちは、よく自らのことを梅の花に例えました。漢文の中にも「梅花香自苦寒来(メイ ホア シャン ズ ク ハン ライ)」-梅の花の香りは厳しい寒さから生まれるものだ、という名句があります。この詩句は、「人間も苦しい経験を積むことで 素晴らしい人生になる」の例えでもあり、現在でも励ましの言葉として人々に愛用されています。

蘭―― 清逸

中国で蘭といえば、俗世を離れた幽谷にひっそりと咲き、優雅な姿態と高貴な香りを持つ、清らかなイメージです。

「蘭」と「君子」の繋がりを語るとき、切り離せない人物がいます。それは儒教の創始者の孔子です。約 2500 年前、孔子は自分の理想とする政治を行うために諸国を遍歴しましたが、どの国にも受け入れられませんでした。失意の中、祖国・魯に引き返す途中の孔子は、幽谷に蘭だけが固まって茂っているのを見て、自らのことを蘭に例え、「夫蘭当為王者香, 今乃独茂,与衆草為伍(フ ラン ダン ウエイ ワン ジョ シャン、ジン ナイ ドォ      マオ、ユィ ジョン ツァオ ウエイ ウ)」-蘭は、本当は王者のそばにいて、王者にいい香りを与えるべき花だが、今はこの幽谷に、他の草と一緒にひっそり咲いているのだ、と慨嘆したそうです。以来、蘭は、徳を持ちながらも世に出ない隠君子の比喩となりました。

竹 ――節操

竹は天に向かってまっすぐに伸び、所々に節があり、幹の中が空洞となっています。そのまっすぐ伸びる姿は「純粋で正直な品格」、強い節は「屈しない節操」、空洞は「謙虚な精神」に例えられています。いずれも「君子」のような品格です。また、竹は酷暑と厳寒を畏れず、年中青々とした姿を保ち、風雪にあおられても折れることなく悠然と立っています。このような不屈の忍耐力と決して腰を折らない節操も、竹が「君子」に呼ばれた理由です。

中国の歴史の中で、竹を愛する文人は多くいます。その代表は 宋(そう)の時代の有名な詩人  蘇東坡(そ とう ば)です。蘇東坡は、「食に肉がなくても、竹無しの所には住むべからず」という詩句を読んだことがあります。その原因について、蘇東坡は「肉がなければ痩せるだけだが、竹がなければ人は俗になる。痩せたのは肥やせるが、俗になると治すことができない」と語っています。

菊 ――淡泊

菊の花は、百花がしぼみ、草木が枯れ始めた晩秋に咲き始めます。寒い西風や厳霜をものともせずに瑞々しい香りを放ち、静かに且つ美しく咲き誇ることから、従来「高潔な節操」を持つ花だと言われています。

 

菊好きで知られている、中国の代表的な隠逸詩人の陶淵明(とうえんめい)は、自らの隠遁生活を 「采菊東籬下, 悠然見南山(ツァイ ジュ ドン リ シャ、ヨウ ラン ジエン ナン シャン)」-東の垣根の下で菊の花を採り、悠然と南の山を見る。この詩句で描きました。この詩に、詩人の高潔な志と世俗を超えた境地が表されていて、人々に愛され、広く朗詠されました。この詩が世に出て以来、菊の花が「世に隠れた上品かつ静かなさま」を表す象徴的な意味を持つようになり、  名声や富貴に対して無欲無心な隠者の比喩として使われるようになりました。即ち、「無欲淡泊」な君子のイメージが成り立ちました。

「高潔」「清逸」「節操」「淡泊」 … 「梅」「蘭」「竹」「菊」は、それぞれ君子のような品格を持っていることから、中国の人に「四君子」と呼ばれ、古く昔からこよなく愛されてきました。


One thought on “中国で好まれる「四君子」――梅蘭竹菊

  1. 珠夜叉

    素敵なお話を有難うございます。中国の影響で四君子は日本でも愛されて来ました。菊花は日本では不老長寿の象徴でもありました。周の穆王と菊慈童の伝説によるイメージかも知れません。王朝時代には重陽の節句に、菊の葉に降りた露を綿に含ませ、この綿で体を拭うと、老いが除かれると信じられていました(「老ひ拭(のご)ふ」と言います)。古人が徳を認めた植物は大抵強い薬効がありますね。昔の人は植物の性格を直接感得する直観を備えていたようです。

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